【数学史3-8】バビロニアでは平方根の研究も?粘土板に残された√2の値とは?

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 二次方程式や三平方の定理の研究が進んでいたバビロニア

 これらを考える上で避けて通れないのが、平方根の考え方です。

 実はバビロニアでは、$~\sqrt{2}~$の近似値小数第5位まで正確に割り出していました

 そのことが残っている粘土板や、相加相乗平均を利用した平方根の求め方について、この記事では解説します。

この記事で主に扱っている時代と場所
時代B.C.4000年頃~B.C.500年頃
場所バビロニア(メソポタミア)
この記事を読んでわかること

正方形の対角線を求めた粘土板

 二次方程式や三平方の定理を考える上で不可避なのが平方根の考え方

 それらの問題を解く上では、バビロニアお得意の数表(平方根表)が使われましたが、バビロニア人は平方根の値を細かく計算する術を持っていました。

YBC7289に残る30√2

 平方根の値を、どのくらい細かく知っていたかがわかる資料が、粘土板(YBC:Yale Babylonian Collection)7289 です。

<図1> YBC7289
<図1> YBC7289
(出典:Bill CasselmanCC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons)

 この粘土板には、楔形文字で図2のような正方形が刻まれていました。(60進法の表記で、「;」は小数点、「,」は位の境目を表しています。)

<図2> YBC7289の60進法表記
<図2> YBC7289の60進法表記

  これを現在の10進法表記に直すと、図3のようになります。

<図3> YBC7289の10進法表記
<図3> YBC7289の10進法表記

 この図から、1辺$~30~$の正方形の対角線の長さを、

30 \times 1.41421296\cdots=42.42638889 \cdots

と計算していたことがわかります。

√2の値の誤差は0.0000006

  現在わかっている知識では、

\sqrt{2}=1.41421356\cdots

なので、バビロニアで求められた$~\sqrt{2}~$の近似値の誤差は、

|1.41421296-1.41421356|=0.0000006

です。

 非常に精度の高い近似が、バビロニアで行われていたことがわかります。

√2の近似値の算出方法

 通常であれば、以下のような計算で$~\sqrt{2}~$の近似値を細かく算出することができます。

\begin{align*}
1&< \sqrt{2} < 2  \\
1.4=\sqrt{1.96} &< \sqrt{2} < \sqrt{2.25}=1.5\\
1.41=\sqrt{1.9881} &< \sqrt{2} < \sqrt{2.0164}=1.42\\
&~~~~~~~~\vdots
\end{align*}

 しかし、積表のケタ数に限りがあり、筆算という技術もないバビロニアでは、別の方法で$~\sqrt{2}~$の近似値を求めました。

相加相乗平均による√2の近似値の求め方

 バビロニアで平方根の近似値を求めるために使われたのは、今で言う相加相乗平均の考え方です。

バビロニアにおける$~\sqrt{2}~$の近似値の出し方

 $~\sqrt{2}~$の近似値として、$~a_1=1.5~$を見積もる

 $~\displaystyle \frac{2}{a_1}=\frac{2}{1.5}=\frac{4}{3}~$を考えると、

\frac{2}{a_1} < \sqrt{2} < a_1 

となる。(※1

 次に、$~a_2~$を下のように定義する。

a_2=\frac{1}{2}\left(a_1+\frac{2}{a_1} \right)=\frac{1}{2}\left( \frac{3}{2}+\frac{4}{3} \right)=\frac{17}{12}

この$~a_2=\displaystyle \frac{17}{12} \fallingdotseq 1.416 \cdots~$は、$~a_1~$より小さく(※2)、$~\sqrt{2}~$以上(※3)になるため、$~a_1~$よりも$~\sqrt{2}~$を高い精度で近似している。
 
 これを、

\begin{align*}a_3&=\frac{1}{2}\left(a_2+\frac{2}{a_2} \right) \\
\\a_4&=\frac{1}{2}\left(a_3+\frac{2}{a_3} \right) \\
&~~~~~~~~~~~\vdots
\end{align*}

と続けていくことにより、$~\sqrt{2}~$をより高い精度で近似することができる。

 上記の方法の中で、数学的論証が必要な部分(※1~※3)については、以下のように補足しておきます。

補足

※1 $~\displaystyle \sqrt{a_1 \cdot \frac{2}{a_1}}=\sqrt{2}~$なので、$~a_1~$が$~1.5~$のように$~\sqrt{2}~$よりも大きければ、$~\displaystyle \frac{2}{a_1}~$は$~\sqrt{2}~$より小さくなる。


※2 

\begin{align*}a_1-a_2&=a_1-\frac{1}{2}\left(a_1+\frac{2}{a_1} \right) \\
\\&=\frac{1}{2}a_1-\frac{1}{a_1} \\
\\
&=\frac{1}{a_1} \left( \frac{1}{2}a_1^2-1 \right) \\\end{align*}

であり、$~\displaystyle \frac{1}{2}a_1^2-1 > 0~$、すなわち $~a_1 > \sqrt{2}~$のときに$~a_1 > a_2~$とわかる。


※3 相加相乗平均から、

a_2=\frac{1}{2}\left(a_1+\frac{2}{a_1} \right) \ge \sqrt{a_1 \cdot \frac{2}{a_1}}=\sqrt{2}

であるため、$~a_2~$は$~\sqrt{2}~$以上である。

 ちなみに、※3の結果からわかるように、$~\sqrt{3}~$の近似値を求めたい場合には、

a_{n+1}=\frac{1}{2}\left(a_n+\frac{3}{a_n} \right)

の計算をしていけばよいことになります。

実際に√2を近似してみた

 実際に、$~\sqrt{2}~$の近似値をバビロニアの方法で求めてみましょう。

バビロニアの方法による√2の近似

 $~\sqrt{2}~$を近似するための手続きを漸化式にすると、

a_{n+1}=\frac{1}{2}\left(a_n+\frac{2}{a_n} \right)

なので、$~a_1=1.5=\displaystyle \frac{3}{2}~$と見積もったうえで、$~a_2~$を算出すると、

a_2=\frac{1}{2}\left(a_1+\frac{2}{a_1} \right)=\frac{1}{2}\left( \frac{3}{2}+\frac{4}{3} \right)=\frac{17}{12}

であり、$~a_2\fallingdotseq 1.41666666~$となる。

 次に、$~a_2~$から$~a_3~$を算出すると、

a_3=\frac{1}{2}\left(a_2+\frac{2}{a_2} \right)=\frac{1}{2}\left( \frac{17}{12}+\frac{24}{17} \right)=\frac{577}{408}

であり、$~a_3 \fallingdotseq 1.41421568~$となる。

 次に、$~a_3~$から$~a_4~$を算出すると、

a_4=\frac{1}{2}\left(a_3+\frac{2}{a_3} \right)=\frac{1}{2}\left( \frac{577}{408}+\frac{816}{507} \right)=\frac{665857}{470832}

であり、$~a_4 \fallingdotseq 1.41421356~$となる。

 初期値($~a_1~$)によって、必要な計算回数は変わるものの、少ない回数で$~\sqrt{2}~$の近似値を計算することができました。

 ここで求めた$~\displaystyle \frac{665857}{470832}~$は、$~\sqrt{2}~$の実値と小数第11位まで一致しています。

実際に√3を近似してみた

 ついでに、$~\sqrt{3}~$についても近似してみます。

バビロニアの方法による√3の近似

 $~\sqrt{3}~$を近似するための手続きを漸化式にすると、

a_{n+1}=\frac{1}{2}\left(a_n+\frac{3}{a_n} \right)

なので、$~a_1=1.8=\displaystyle \frac{9}{5}~$と見積もったうえで、$~a_2~$を算出すると、

a_2=\frac{1}{2}\left(a_1+\frac{3}{a_1} \right)=\frac{1}{2}\left( \frac{9}{5}+\frac{5}{3} \right)=\frac{26}{15}

であり、$~a_2\fallingdotseq 1.73333333~$となる。

 次に、$~a_2~$から$~a_3~$を算出すると、

a_3=\frac{1}{2}\left(a_2+\frac{3}{a_2} \right)=\frac{1}{2}\left( \frac{26}{15}+\frac{45}{26} \right)=\frac{1351}{780}

であり、$~a_3 \fallingdotseq 1.7320512~$となる。

 次に、$~a_3~$から$~a_4~$を算出すると、

a_4=\frac{1}{2}\left(a_3+\frac{2}{a_3} \right)=\frac{1}{2}\left( \frac{1351}{780}+\frac{2340}{1351} \right)=\frac{3650401}{2107560}

であり、$~a_4 \fallingdotseq 1.7320508~$となる。

 ここで求めた$~\displaystyle \frac{3650401}{2107560}~$は、$~\sqrt{3}~$の実値と小数第12位まで一致しています。

 様々な数について、この計算式を応用することで、バビロニアでは「平方根表」が完成しました。

 教科書の巻末に載っている平方根表の元祖とも言えるでしょう。

まとめ・参考文献

 バビロニアにおける平方根の近似式について解説してきました。 

  • バビロニアの$~\sqrt{2}~$の近似値は、小数第5位まで一致していた。
  • 相加相乗平均の考え方を応用し、近似値を細かく計算する術を知っていた。

 証明という概念が無かったため、近似式の裏付けまではしなかったものの、平方根を細かく計算するためのアルゴリズムを知っていた点で、バビロニア代数のレベルの高さが窺えるでしょう。

 次の記事からは、紀元前のインドにおける数学について解説します。

高度過ぎてついていけない・・・。

紀元前とは思えないよね。

参考文献(本の紹介ページにリンクしています)

コメント

コメント一覧 (2件)

  • YBC7289がどうやって2の平方根を求めたかという話ですが、古代バビロニアには方程式どころか数式も小数点もありません。それらの記号は14世紀(だったか?)のイギリスのジョン・ネイピアを待たなければなりません。
    と、いうことは、少なくとも図形的な説明がないと困りますよね?
    そこで「1×3の(『最小の、相異なる二つの互いに素な奇数 (p,q) 』です)長方形の長辺に、正方形をくっつけると、「相異なる二つの互いに素な奇数 (p,q) 」が得られます。いわゆる「ユークリッドのアルゴリズム」の素朴版(『原論』に書かれているのはこの形で、「割った余り」で考えるのは後世において考案された❝改良版❞です)ですが、この方法で、原始バビロニア長方形のうち「長辺と短辺の差が1」という長方形が
    つぎつきに得られてしまうので、「(長辺+短辺)÷対角線」を計算すれば欲しい精度だけ2の平方根が得られます。
    そんなわけで、初期値は「最小の、相異なる二つの互いに素な奇数 (p,q) である{1, 3}から得られたピタゴラス数{3, 4, 5}であり、「これ以上精度上げてもしょーがねぇえよな」「んだな。その暇があったら、他の素数の近似値の精度上げるべ」「んだんだ」
    ということで、「まずは5」「つぎは7」で、11とか13とか17とか19とか23とかは「あんまし実用性はねぇべ」というので興味を持たれなかったというのが実情じゃないでしょうか。

    • 島田正雄様

      コメントありがとうございます。
      確かに10進小数は16世紀のシモン・ステヴィンを待つ必要があり、60進小数で考えていたところにバビロニア人の意地を感じます(彼らにとっては、60進法が常識だったわけですが)
      バビロニアの相加相乗平均の考え方を用いた開平法もあり、基を辿れば図形的な理解から来ているのでしょうね。

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